京都の静かな工房に流れる、柔らかな空気と芸人さんのラジオ。そこで土を捏ねる彼女の物語は、効率や計算とは無縁の「純粋な衝動」から始まりました。
会社員から陶芸の世界へ、そして京都の著名な作家への師事。
遅いスタートを「伸びしろ」と捉え、あえて困難な技法に挑み続ける彼女が、真っ白な「粉引(こひき)」の器に込めた想いを聞きました。

「興味が止まらない」理屈を超えた真っ直ぐな衝動
彼女が陶芸の道を選んだ理由は、決して周到な準備や計算によるものではありませんでした。20代の頃、料理を楽しむ中で器の魅力に目覚めた彼女は、東京での会社員生活を送りながら「器がどう作られるのか」という好奇心を膨らませていきました。
「人生は一度きり。やらずに後悔するより、やって後悔したい」
そんな熱い想いに突き動かされるようにして、地元の京都にある陶芸学校へ飛び込んだのは、他の作家よりも10年以上遅いスタートでした。自分が陶芸家になれるなんて思ってもみなかったけれど、ただ器が好きで、その背景に触れたいという衝動がどうしても止まらなかった。そんな真っ直ぐなエネルギーが、今の彼女の器作りの原動力となっています。



あえて「花形」の困難に挑む。技術の先にある格好よさ
学校を卒業後、彼女は京都でも指折りの技術を持つ有名作家のもとで修行を積みます。そこで目にしたのは、高校生の頃からろくろに向き合い、まるで鼻歌を歌うように軽やかに器を形作る師匠の姿でした。圧倒的な才能と技術を前に、自分はなんて下手くそなんだろうと劣等感に苛まれる日々。それでも、彼女が選んだのは、あえて「ろくろ」という最も険しい道でした。
世の中には型を使うなど効率的な技法もたくさんありますが、彼女は「ろくろが上手い師匠が、最高にかっこよかったから」というシンプルな憧れを大切にしています。
10段階のうち、自分はまだ「5」にも満たない。そう自覚しながらも、一段ずつ、自らの成長を噛み締めるように土を挽く。効率ではなく、自分が信じる「かっこいい在り方」を追求する姿が、器の佇まいに現れています。



叫びたくなるほどの失敗。それが「生化粧」を続ける理由
彼女の器の代名詞とも言えるのが、しっとりとした質感が美しい「粉引(こひき)」です。その白さを生み出すために、彼女は「生化粧(なまげしょう)」という非常にリスクの高い技法にこだわっています。
通常、器を一度焼いて固めてから白い泥をかける手法であれば、失敗はほとんどありません。しかし彼女は、あえて削った後の半乾きの状態の器に、白い泥をかけます。この方法は、泥の水分によって器が溶け、形が崩れてしまう危険と隣り合わせ。丹精込めて作った器が目の前で壊れてしまうとき、工房で一人「うわぁ!」と叫んでしまうほどショックを受けることもあると言います。
それでもこの手法を貫くのは、一度焼いてからでは決して出せない、内側から滲み出るような「しっとりとした艶やかさ」を信じているからです。失敗は、自分の未熟さが形になって現れたもの。だからこそ、また作るしかない。その繰り返しが自分を良くしていくと信じる、彼女なりの「成長の美学」がそこにありました。

ラジオの笑い声と、器と一緒に「育っていく」喜び
工房には、いつも芸人さんのラジオが流れています。おじさんたちがキャッキャと笑う声をBGMに、時にはおにぎりを頬張りながら作業を進める。そんな飾らない日常の延長線上で作られているからこそ、彼女の器は私たちの食卓にすんなりと馴染んでくれます。
そんな彼女が作る粉引は、使い手と一緒に「育っていく」器でもあります。水を吸い、使うほどに色が変化していく。彼女はそれを汚れではなく、共に過ごした時間の証として楽しんでほしいと語ります。長く綺麗に使いたいなら、使う前にさっと水にくぐらせるのがコツですが、「私はガシガシそのまま使っています」と笑う彼女の大らかさに、器を使うハードルがふっと下がるのを感じます。
電子レンジや食洗機についても、日常の道具として気軽に使ってほしい。けれど、器同士がぶつかって欠けないようにだけは、優しく扱ってあげてほしい。そんな細やかなアドバイスからも、器への愛情が伝わってきます。




100万円の芸術品より、毎日の「1軍」でありたい
「私は、100万円の芸術品を作りたいわけではないんです」 有名作家のもとで学び、確かな技術を磨きながらも、彼女が見つめているのは常に「誰かの毎日の食卓」です。
スープカップでお味噌汁を飲んでもいいし、お茶碗でシリアルを食べてもいい。もし割れてしまったら、また新しいものを買いに来ればいい。
気張らずに、日常の「1軍」として愛用されること。そんな謙虚で温かな願いが、彼女の作る柔らかな白には込められています。不器用な自分を認め、一歩ずつ成長することを楽しむ彼女の器は、手に取るたびに私たちの日常をそっと肯定してくれるような気がします。


【munyより:この記事を読んだあなたへ】
「去年の自分の作品を見ると、なんでこれが良いと思えたんだろうって嫌になることもあるんです」 そう語る彼女の言葉は、裏を返せば、今この瞬間も彼女が猛烈なスピードで成長し続けていることの証。目先の結果ばかりを追わず、一生をかけて自分の技術と精神を磨き上げていく。そのひたむきな姿勢が、この器の持つ奥行きを作っているのだと感じました。指先が触れた瞬間、どこかホッとするような温度を感じるこの粉引を、ぜひあなたの食卓にも。