INTERVIEW

作家インタビュー

【茶注工房 羊月】田代勝義 / 20年の「潜伏」と、一冊の雑誌が呼び覚ました衝動

鹿児島に工房を構える「茶注工房 羊月」の田代勝義さん。 彼の作る急須をひとたび手に取れば、その驚くほどの軽さと、吸い付くように閉まる蓋の精密さに誰もが言葉を失います。

しかし、この「究極の急須」を語る上で欠かせないのは、彼が歩んできた少し風変わりな20年間の軌跡です。介護職という「本業」を続けながら、あくまで「遊び」として土と向き合い続けた一人の男。なぜ今、彼はこれほどまでに人々を魅了する作品を生み出せるようになったのか。その物語を紐解きます。

「男気」に支えられた20年の独学

物語の始まりは、田代さんが30代の頃。ある陶芸家からかけられた「陶芸は面白いよ、やってみないか」という一言でした。当時の田代さんは、家庭を支え、住宅ローンも背負う一人の生活者。「陶芸で食べていく」などという夢物語は、微塵も考えていませんでした。 しかし、その師との出会いが彼の運命を静かに、かつ決定的に変えていきます。

「月謝もいらない、ここで遊べばいい。そう言ってくれる男気のある先生でした。その代わり、私も自分にできる精一杯の手伝いをしました」

「いきなり陶芸で食っていくのは不可能。だから仕事の合間の休みに、月に数回。それを20年ほど続けました。いわゆる『窯元の修行』という感じでは全くありませんでした」と、田代さんは振り返ります。

しかし、その「遊び」の中身は本物でした。師匠は土揉みなどの基礎から、プロを育てる手順でしっかりと技術を叩き込んでくれたのです。介護職員として15年以上、夜勤の前後に土を触る過酷な二足のわらじ生活。その傍らで、田代さんの技術は静かに、しかし着実に研ぎ澄まされていきました。

人間国宝に魅せられ、独学で挑んだ「急須」という聖域

もともとは、ノートの落書きやプラモデル作りに没頭するインドア派の少年でした。美術大学へ進むも「絵で食べていける」という確信は持てず、卒業後は営業の仕事に就き、数字に追われる日々を過ごします。重圧から逃れるように選んだのが、営業のない「介護」の仕事でした。

「陶芸は趣味で続けていければいい」。

そう割り切って生きていた彼を表現者の道へと引き戻したのは、一冊の陶芸雑誌でした。そこに掲載されていたのは、人間国宝・三代 山田常山の急須。

「その造形美を見た瞬間、魂を奪われました。実を言うと、私はお茶よりもコーヒー派。でも、『この形を自分の手で作りたい』。その衝動だけが、20年という長い潜伏期間、私の心の中で燃え続けていたんです」

圧倒的な美しさに惹かれながらも、当時の技術では到底手が出せない領域。鹿児島には目標とする急須作家も見当たらず、頼れるのは雑誌や動画、そして自身の感覚のみ。独学で、見よう見まね。ここから「究極の逸品」への果てなき試行錯誤が始まりました。

失敗1:焼いた時の収縮の差で蓋に押され亀裂が入った胴体
失敗2:蓋が大きく、削って修正を試みた
左:現在の作品 右:初期の作品
田代さんが描いた絵

0.1ミリの狂いも許さない、指先が覚える「精度」の正体

田代さんの急須の代名詞と言えるのが、驚異的な「蓋の精度」です。 焼くと縮む土の性質を読み切り、焼き上がりに寸分の隙間もなくピタッと収まるその瞬間。それは理屈を超えた「感覚の世界」です。

極限の軽さと安定感:
片手で淹れてもストレスを感じない軽さを実現しつつ、置いた時の安定感を保つために、底にわずかな厚みを残す絶妙なバランス。

機能美の追求:
お茶のプロからのアドバイスをどん欲に吸収し、注ぎ口のキレや茶こしの精度を磨き上げました。

「焼締め」へのこだわり:
お茶の本場・常滑で受けた衝撃から、釉薬をかけない焼締めにこだわります。土そのものがお茶の成分を吸い、味をまろやかにする。急須に「仕事をさせる」ための選択です。

キメの細かい陶製の茶漉しづくり
胴体に取り付ける前の茶漉し
左:初期、 右:現在 ※真っ直ぐ美しい水流 = 注ぐ際の水切れが良い
窯詰め:釉薬が掛かっていない土だけの状態(焼締め)
窯出し:焼成後の作品の状態を確認する様子

お茶を待つ1分間が、人生を豊かにする

ペットボトルで手軽にお茶が飲める現代において、田代さんはあえて手間のかかる「急須で淹れる時間」の価値を説きます。

田代さんの急須は、単なる道具ではありません。気に入った器で丁寧にお湯を冷まし、茶葉が広がるのを待つ。その上質な「余白」を使い手に贈ってくれる存在なのです。

「育てる楽しみ」一生モノのパートナーとして

屋号の「羊月」には、「月のように美しく、丸い急須を」という願いが込められています。手作りゆえに一点一点表情が異なり、手に持った時のしっくりくる感覚も様々です。

「手作りのものは、ちょっと欠けても捨てがたい。割れても金継ぎをしてでも使いたい。そういう物に対する執着は、手作りのものでないと生まれないと思うんですよ」

「養壺(ようこ)」という言葉があるように、焼締めの急須は使い込むほどに艶が増し、風合いが育っていきます。欠けやすい注ぎ口を繊細に扱うその所作さえも、やがて愛着の一部に変わるはずです。

【munyより:この記事を読んだあなたへ】

手軽さや効率の良さが求められる今だからこそ、あえて時間をかけて道具を育てる喜びを、私たちは大切にしたいと考えています。田代さんが一つひとつ手仕事で生み出す急須は、慌ただしい日々のなかに、ふっと深呼吸をするような「心地よい余白」をもたらしてくれるはずです。使うほどに手になじみ、あなただけの艶を帯びていく。そんな、暮らしの景色にそっと寄り添う「一生モノのパートナー」を、ぜひmunyで見つけてみませんか。