「心を整える」ための土。一生をかける仕事との出会い
松尾さんのキャリアの出発点は、陶芸とは対極にあるような福祉の世界でした。 大学院で臨床心理士を目指して過酷な実習に励んでいた頃、心を整えるための「自分を見つめ直す活動」としてはじめたのが、陶芸でした。
そんなある日、ふとしたきっかけで訪れた、「京都陶磁器会館」での出会いが、彼の運命を大きく動かします。
そこでたまたま個展を開いていた作家の姿に突き動かされた松尾さんは、「仕事を手伝うので、陶芸を教えていただけませんか」と自ら真っ直ぐに願い出ました。この、なりふり構わず弟子入りを志願した実直な行動こそが、作家としての第一歩を、文字通りその手で手伝うことから始めた、情熱的なきっかけとなったのです。

正解のない対話の日々と、募る自問。2年間の葛藤を経て鮮明になった決意
その後、公務員として児童相談所で7年間、生活指導員として子どもたちのケアに携わります。箸の持ち方から人との接し方まで、正解のない対話を通じて生活のすべてを共にする日々。その尊い仕事に心血を注ぐ一方で、松尾さんは「自分の一生を捧げる仕事とは何か」を自問し始めました。
「福祉の仕事も大切でしたが、陶芸には自分が頑張った分だけ確かな手応えがあり、自分を認めてあげられる感覚がありました。」
自分の作ったものが誰かの手に渡り、後世まで形として残っていくという事実に、彼は強いやりがいを見出したのです。師匠から「食べていける人は少ない」と厳しい現実を説かれ、作家として生きる覚悟を決めるまでには2年の歳月を要しましたが、その間も作陶への情熱が消えることはありませんでした。むしろ、現実を直視すればするほど「この道でのし上がる」という決意は、より鮮明に燃え上がっていったのです。



街の風景をデッサンし、論文のように構築する「デザインの理」
松尾さんの器がどこか現代的で、建築的な美しさを湛えているのには理由があります。 彼は日常的に街を歩き、電柱の造形や外壁の模様、さらには道端のひび割れの走り方までも細かく観察し、デッサンすることで器のテクスチャーへと昇華させています。細部を興味を持って見ることが形を作る感覚を養うという先人の教えを、彼は大切に守り続けているのです。
また、その作風を組み立てるプロセスは、まるで心理学の論文執筆のようです。まず先人たちの技法や作風を「先行研究」として徹底的に研究し、その良い点を取り入れることから始めます。そこから、自分が本当に伝えたい表現に向けて要素を「足し算・引き算」し、論理的に自分のスタイルを構築していくのです。
色使いにおいても、自身の表現のキャパシティに合った「白と黒」をベースに、チタンが引き出す優しい黒など、コンセプトを明確にした選択を徹底しています。
「中庸」の精神。料理を引き立てる「最高の脇役」として
松尾さんが制作において最も大切にしているのが、和にも洋にも偏らない「中庸(ちゅうよう)」というあり方です。これは、相談者に対して中立であり続ける心理士としての姿勢にも深く通じています。器はあくまで料理を主役にするための脇役であるべきだと考え、驚くほど薄く、軽く、手に馴染む形状を追求しています。その寄り添いの姿勢は、作り手としてのエゴを押し通すこととは無縁です。
松尾さんはイベント出展の際、お客様にサイズ感や持ち心地を細かく聞き取り、まるで企業が市場調査を行うような緻密な対話を重ねます。使い手の要望に耳を傾け、反り具合を微調整したりセミオーダーを請け負ったりする柔軟さは、対話を通じて形を完成させていく彼ならではの強みと言えるでしょう。

100年後の使い手に、恥じないものを作る責任
陶芸の魅力は、一度焼けば数千年も形を留めるという点にあります。しかしそれは、質の低いものを作れば「自然に還りにくい産業廃棄物」を増やしてしまうという大きな責任を伴うことでもあります。だからこそ松尾さんは、自分の求めるフォルムやクオリティから外れたものを「A品」として世に出すことはありません。
100年後の人がその器を目にしたとき、なお「使いたい」と思わせる魅力を宿らせることこそが、自然の力を使わせてもらっている作家としての矜持なのです。




永く、美しく。器を育てる日々のお手入れ
日々の暮らしのなかで松尾さんの器を長く楽しんでいただくためには、いくつかのコツがあります。基本の白い器は電子レンジでの使用が可能ですが、非常に軽く繊細に作られているため、食洗機ではなく手洗いを推奨しています。また、購入後にお米のとぎ汁などで10分ほど煮沸する「目止め」を行うことで、汚れの浸透を防ぎ、美しい状態をより長く保つことができます。もし汚れが気になった場合は、漂白剤でのお手入れも可能です。
【munyより:この記事を読んだあなたへ】
心理士としての冷静な分析眼を持ちながら、難易度の高い大作に挑む際には「ゲームのボス戦のBGM」を聴いて自分を奮い立たせるという松尾さん。その二面性が、器に宿る「繊細さと強さ」の源流なのかもしれません。
指紋が削れるほど土と向き合い、100年後を見据えて作られたこの器を、ぜひあなたの日常に迎えてみてください。松尾さんの器を手に取ったとき、その驚くべき「軽さ」に込められた使い手への優しさを、あなたならどう感じますか?