京都と滋賀の窯元で培われた、12年にも及ぶ確かな職人技術。それをベースに、独自の美しい器を生み出す陶芸家の石戸生さん。彼の手から生み出される器には、どこかハッとするような透明感と、暮らしにそっと寄り添う温かみが共存しています。
今回は石戸さんの工房を訪ね、ものづくりへの飽くなき探求心と、作品に込められた「水」への想いについてお話を伺いました。
直感から始まった、轆轤(ろくろ)という最高峰への挑戦
子供の頃から「何かを形にする仕事がしたい」と、ぼんやり考えていたという石戸さん。本格的にその道へ進むきっかけをくれたのは、高校の美術の先生でした。「美大へ行きなさい」という一言から自身の可能性に気づき、陶芸が盛んな京都の大学へ進学。そこで目にした大学の広告が、彼の運命を決定づけます。
「轆轤をすごく楽しそうに回しているシーンを見て、直感的に『楽しそうだな』と思ったのが最初のきっかけでした。昔から一つのことを突き詰めたい欲求があって、そこにピタッとはまったんです」
どこまでいっても突き詰めきれない奥深さを持つ轆轤の技術。大学卒業後はさらに腕を磨くため、職人を養成する京都の陶工訓練校で基礎から学び直しました。そこで切磋琢磨したライバルの存在も、彼の技術への執着をより強くしていきました。


職人としての12年間、そして「作家」としての目覚め
訓練校を卒業後、石戸さんは滋賀県の「膳所焼(ぜぜやき)」の窯元に入社し、12年間職人としてのキャリアを積みます。入社早々から最前線で、前任者がいない中でベテランの助っ人職人に手ほどきを受けながら、轆轤から窯焚きまで一連の工程を一人で担うようになりました。
学生時代は「自分の好きなものを好きな寸法で自由に作る」楽しさがありましたが、職人の世界は全く異なります。寸法の狂いは許されず、窯元の伝統的な形をいかに正確に、美しく、歩留まり良く焼き上げるか。プロとしての厳しい意識の切り替えが、今の石戸さんの高い技術の土台となっています。
その後、窯元の世代交代というタイミングが訪れ、石戸さんは作家としての独立を決意します。
「最初は食べていけるか不安でしたが、いざやってみると、自分が良いと思って作った器をお客様が『綺麗だね』『すごいね』と喜んでくださる。その喜びが次の作る意欲へと繋がり、気がつけば作家という仕事にどっぷりとはまり込んでいました」




原風景である「琵琶湖の水」を、土と釉薬で表現する
石戸さんの作品の根底にある不動のテーマ、それは「水」です。インスピレーションの源は、幼少期から親しんできた琵琶湖での釣りの原体験にあります。
「朝から夕方まで水辺にいると、太陽の向きや夕焼けによって、空の景色が湖面に映り込み、刻一刻と美しく変化していくんです。その感動を、どうにか作品の中に活かせないかと考えたのが今の作風に繋がっています」
その想いは、言葉を交わさずとも使い手へと伝わっています。お客様から「みずみずしい器だね」「氷が割れた表情のよう」と言ってもらえる瞬間が、何より嬉しいと石戸さんは語ります。
代表的な作風は3種類ありますが、実は使っている釉薬はすべて同じもの。土の種類を変えることで、異なる表情を引き出しています。 石戸さんの釉薬は非常に流れやすい繊細な性質を持つため、掛ける時の濃度を毎回厳密に測り、心の中で秒数を数えながら均一なクオリティを保ちます。さらに、職人時代に培ったお茶道具の技術を応用し、轆轤の勢いを見せる「指筋(ゆびすじ)」を残したり、土が持つ「変形しようとする力」を計算して美しい歪みを生み出したりと、一瞬の自然の美しさを器の上に具現化させているのです。


手仕事の「癖」が、日々の暮らしに馴染む味になる
現代の工業製品は、ミリ単位以下の驚くべき精度で作られています。しかし、石戸さんがあえて手作りにこだわるのは、プロダクトにはない「背景」を楽しんでほしいから。
「同じ見本があっても、作り手が違うと手の癖やリズムが自然と『味』になって現れる。そこに手作りの面白さがあります。作家がどういう気持ちでこれを作り上げたのか、そんなバックグラウンドをイメージしながら使ってもらえると、より暮らしの中で楽しんでいただけるのではないでしょうか」
石戸さんの器は、あらかじめ目止め(吸水性を抑える処理)を施した状態で届けられますが、使い込むうちに「貫入(かんにゅう)」と呼ばれるヒビ模様に味わいが生まれ、革製品のように心地よい経年変化を楽しめます。使うほどに自分だけの器へと育っていく、手仕事の器ならではの愛おしさがそこにはあります。

何百年先も、誰かの日常に寄り添う器であるために
一度焼いてしまった陶器は、半永久的に残り自然には分解されないと言われています。
「僕たちが作ったものが、未来でずっとゴミとして残ってしまうのは避けたい。だからこそ、失敗作という産業廃棄物を減らすために、技術を磨いて精度を高める責任があるんです」
そんなストイックな職人気質を持つ石戸さんは、若い世代に対しても「まずは職人を経験して技術の引き出しを増やした方が、作家になった時の面白さの幅が広がる」とアドバイスをします。
自分が楽しんで生み出したものが、巡り巡って誰かの日々の喜びになる。その循環を大切にしながら、石戸さんは今日も轆轤の前に座ります。
「僕が死んだ何百年後、誰が作ったか分からなくなってしまったとしても、誰かの手元で『この器、いいね』と使われ続けているような、そんなものづくりをしていきたいですね」


【munyより:この記事を読んだあなたへ】
石戸生さんの器を手に取ると、まるで静かな水面を指先でなぞっているかのような、引き込まれるような心地よさを感じます。職人としてのストイックなこだわりと、琵琶湖の美しい記憶から紡がれるみずみずしい表情。日常の食卓にそっと静けさと彩りを与えてくれる石戸さんの器を、ぜひあなたのお家にも迎え、お料理と共に美しく育てる時間を楽しんでみてください。